2008年06月30日

12。

六月も終わりが来た。今年は雨もまとまって降って被害も出てるけど福岡市内は御笠川の氾濫も無く緑も元気だ。この季節は何かと気持ちがブルーだったりやる気がでない事が多い、俺は数年前にパニック障害になり軽い安定剤を今も飲んでるけど、周りにもこの病にかかってる人も多い、俺の場合はすぐに過呼吸と言う症状が出て救急車で運ばれたのでまだ良かったけど、パニック障害に気が付かずに日常を過ごしてる人は鬱病になる傾向にあるらしい。この時期は調子が悪く仕事前にも安定剤のお世話になってる始末だ、周りも何か調子が悪いと言う人も多いので体調管理しようね。

1966年にビートルズが日本にやって来た。その年に俺は生まれたけど、その12年後にアメリカのバンドKISSに衝撃を受けて音楽に目覚めた、1978年の事だ。今考えるとたかが12年なのかと思ってしまった。今は2008年で12年前は1996年、当たり前だけど、この12年にどれだけの文化の発展や音楽の進化はあっただろうか?12年前はもうCDだし、スピッツもミスチルも売れてた、、、今でも同じような活動をしてる。俺もインストラクターやっててSHAKEさんに出会い、次の年からMI JAPANで教える事になる。50年代から60年代、70年代から80年代のカルチャーの変化は100年単位で考えても異常なんじゃないかと思う。

たかが12年、されど12年。

60年代のビートルズの登場から、70年代のROCKというビッグビジネスに変化した66年〜78年に固執してもファッション、カルチャー、音楽、思想は今の時代の100倍くらいで変化してるのが分かる。最近でも音楽や流行は変化してるけど、あの頃に比べれば飽和状態だと思う、ROCKに限って言えば「全然刺激的ではない、、、」新しい物が出て来ないし出て来れる業界の体制ではないと思う。刺激的だったり尖ってたり危なかったり火傷しそうな事に子供の俺はあの頃夢中になってたけど、あと非現実的だったりとか、それは隠れてタバコを吸って大人になったような気分になったりする体験に近いものがあの頃のROCK MUSICにはあった。

12。と言う数字にはいろんな事が隠れてると思う。一年は?干支は?時間は?、、、何かとひと周り。また偶数と奇数は?奇妙な数で奇数、偶然の数?で偶数。煩悩の数も108。12一重に、13日の金曜日、8の末広がりに、車の車輪やドアも偶数で、12時間で60分で60秒で一年は365日だけど、その自然のずれを修正する為に4年に一度366日になる。ギターの弦は6本や12本、440Hzや442Hzとこじつければきりがないけど。

奇数の倍数で偶数になるけど、偶数から奇数はない。

これから俺の12年はいろんな意味で勝負だと思う。年齢的にも良い物の表現をしなくてはいけないし、最近は自分でも負荷をかけてる事が当たり前になって来たので、ボヤッとしてても何も訪れて来ない事も分かった。

12。01.jpg毎日この作業から始まるけど、440Hzのなぜか5弦のAから、、、、。

心のチューニングは偶数から!
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2008年06月27日

帰って来た baby!

梅雨の中休みが2、3日あった明日も雨は降りそうも無いのでチャリで仕事に行けそうだ。チャリに乗れない事が年々ストレスに感じて来た、2000年にマウンテンを買ってその時の事はよく憶えてる。その年の春にMI JAPAN福岡校を止めた、結局3年間お世話になったけど、立ち上げの頃はやりがいもあってガッツのある生徒も多かったけど、俺も半分プロデュースのつもりでやれてたしその頃の生徒が今現役でまだやってたり、現在のMIの講師になったりしてると言う不思議な三年間だった。それから真剣にアーティスト活動をやろうと思って止めて、STRINGS COMPANYという弦仲間と言う意味のギター二本のユニットをやり始めた。

南区は高宮にあった廃業したカラオケBOXをただで借りて機材を持ち込みレコーディング出来る環境にして、週に2日夜から日が昇るまでRECしたり曲作ったり酒飲んだりする事を1年くらい繰り返して全10曲くらいの完成度の高いDEMOを作った。その当時俺は隣町の平尾に住んでたので、勿論チャリが活躍したのを思い出す。結局そのユニットで2004年くらいまでライブやったりラジオ番組やったりしてたけど、どこかで100%自分世界観でない事に疑問を持ち出した。それはカラオケBOXで既に感じていた事だった気がするけど、それはどんどん大きくなって行った気がする。

結局の所自分一人の世界観を出さないと行けない年齢や思いや価値観になってたんだと思う。二十歳で家出したときの気持ちもそうだった、「俺は何がやりたくて俺のギターは通用するのか?」とか「俺にどんな表現が出来るのか?」とかその頃と比べても何も脱却で来てないと言う確信を得た。その頃からLONG チャリRUNNING!が癖になってたなぁ。

その当時チャリを買ったのも衝動的だった、何かに影響されたとかそんな事も無く、憶えてないくらいに「チャリ買おう!」って思ってすぐに買いに行った、直感というか今考えれば不思議だけど、今となればギターや音楽の次に癒されてる。前にも書いたけどチャリ

に乗ると本能的に凄く自由な心になれる。どこにでも自由に行けると言うか、、、ちょっと伝えにくいけど。

音楽を作ると言う事もどこへでも行けると思う。世界各国旅をさせてやる事も出来るし、けど自分がどこへでも行ける頭の手段を持ってないと、連れて行ってやれない事も分かった。みんなも実は簡単にどんな路地裏や行きたい所に行く事は出来るよ!意識がそこにあればね。

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約10ヶ月ぶりに帰って来たBABY シタール。
このシタールギターはインドの民族楽器シタールの音が出るギターで俺のSOLOの「媚薬」でも活躍してるけど、元ルースターズの大江さんの復活のバンド「UN」のアルバムでも元ロッカーズの鶴川さんに貸してアルバムでその音を聞く事が出来るし最近はケイタクの最新アルバム「SELF」のREC用に去年の夏の終わりからタクヤに貸してたので、そのアルバムの一曲目からこの音を聞く事が出来るよ。

俺より活躍しとるやんか!

やっと戻って来たね。おかえり!お疲れさん。
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2008年06月25日

The origin of love

人間は最上級の愛情に受け入れられ生まれて来る。待望だったり感動だったり、母親はその子供を10ヶ月大切に栄養や愛情を与えて、男では耐えきれない痛みの中で産んでくれる。そう!世の中の人間は男女問わずみんな女性から誕生してる。そう思うと女性が人間の完成形で染色体が一つたらない人間としての未完成形が男として産まれて来るのもわかる気がする。女性は偉大だと思う。世の中の流行やファッション、コスメ、食、は大体女性が引っ張ってるし、女性が興味のある事が流行になる。音楽でもよい女が集まるバンドやジャンルがメインストリームに常にあるような気がする。

俺はそんな本当の母親の愛を知らない、と言うのが当たり前で育ったので、所詮建前の愛情しか注げないと言う事に最近気が付いた。その愛情と言うのは俺が考えてるだけの愛情の形にしか過ぎず、本当の手放しの愛情を注がれてる人にとっては違うんじゃないかと思った。でもそれはもう俺にはわからない、、、。残念だけど想像の建前しかないと思い知らされる。子供もいないので人としての愛情は欠落してる気がする、さらにもう親兄弟もいないので血縁の愛情もわからない。

ORIGIN OF LOVE

愛の起源てなんだろうって考えたりする、人を愛する事は実は利害関係や立場やプライドなど無いって信じたいけど、人間として産まれた以上いろんな煩悩のなかで暮らしてるのでアダムとイブやジーザスみたいな愛は難しい世の中に最近なってる。だからいつの時代でもLOVE SONGにみんなしびれてる、当たり前のような歌詞だけど理想でもあったりするのかなぁ。

愛情は押し付けてはいけない、求めてもいけない。って俺は思う、愛情を受け取った人が密かに感じる物ではないかと思う。文章で書くとかっこ良すぎるけど、そう願いたい。

最近感動した「愛の歌」の詩を載せます、これは男と女だけの愛ではない詩だけど実はそこの方が真実を歌ってる気がしたから。

愛の起源  ヘドウィグ



その昔地球は平らで
雲は火で出来ていて
山は空へと伸びてた
なお高くへと
転がる樽のように
人は地を這ってた
腕が2組
脚も2組
大きな頭に顔が2つあって
周囲がぐるり見渡せた
読みながら話も出来たけど
愛は知らなかった
まだ愛が生まれる−
前のこと

愛の起源

人には3つの性があった
男と男が背中合わせ
その名は”太陽の子”
それと似た形の”地球の子”は
女と女が背中合わせ
そして”月の子”は
フォーク・スプーン
太陽と地球 娘と息子の中間

愛の起源

神は人を恐れた
人が力をつけすぎたから
雷神トールは言った
”槌で殺しましよう”
そこへゼウスが止めに入り
”稲妻で切り離そう
クジラの脚も切り恐竜もトカゲに変えた”
彼は稲妻を取り笑って言った
”切り離してやる
真っ二つにな”
みるみる雨雲が集まり

火の玉となった

火の玉から地上に稲妻が放たれた
ナイフの刃のように
それは体を引き裂いた
太陽と月と地球の子の体を
インドの神が傷口を縫い合わせ
腹で糸を結んだ
それは見せしめ罪を忘れぬよう
幽界の王オシリスとナイルの神々が
雨風を集めて台風を吹き荒らせた
人を散らばせるため
激しい雨風に海は荒れて
人は流された
もし教えを破れば
再び切り裂かれ
一本脚で跳ぶハメに

ひとつ目で見ることに

最後に君を見たのは別れた時
お互いに見つめあってた
見慣れた君の仕草
でも顔には血が流れてたね
私の目にも血が
でも誓って言える
君が感じた魂の痛みは
私も同じだと
その痛みは
心の底を貫く痛み

それが”愛”
ふたりは抱き合い
元に戻ろうとした
それがセックス メイク・ラブ
昔々の冷たく暗い夜のこと
天の支配者の手によって
人は寂しい2本足の生き物に
それは悲しい物語

愛の起源の物語

愛の起源

こうして愛はうまれた


最近一番感動したLOVE SONGだ。街でおじーちゃんおばーちゃん夫婦をみると「愛」を感じる、いろんな事乗り越えても一緒にいたいから一緒にいるんだろうなって思ってしまう。このタイトルで詞も載せたヘドウィグの曲を貼付けるので聞ける人は聞いてみてね。

CHECK IT OUT !

お世話になってる北九州の楽器店「PLUG-IN」のPRSイベントのお知らせ!このギターメーカーはSANTANAなんかで有名だけど、とにかく音が良い。優等生ギターだ。

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T-シャツなんかも貰えるらしいよ。興味のある方は!

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後全然関係ないけど、俺にとっては夢のツーショットが撮れたので載せたいだけの理由の一枚。


深くは聞かないで欲しい!
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2008年06月23日

プラシーボ

この季節の都会暮らしは何の情緒も無い。車が雨水をはねる音が一日中響き渡り、青々とした緑もなく、この季節特有の土や緑の呼吸してる匂いも嗅げない。またチャリにも乗れないのでストレスが溜って来たよ。少し食欲が無い、もともと腹一杯食べる方ではないのでそこはストレスを感じないけど、周りでも体の調子を崩してる人や何かやる気が出ないとの声をよく聞く。別に雨が降ってるから外に出るのがおっくうな訳ではないし、少々ブーツやジーンズの裾がぬれる事も気にならない、雨の都会にあった音楽もあるし俺はこの時期なぜかBLUESが聞きたくなり今はB.B KING とクラプトンのRIDING WITH THE KINGばかりをBGMにしてる、、、何でだろうカラッとしたサウンドに触れたいのか?この時期と言うか雨の日の南部系のブルースやサザンロックもいいよ!

偽薬

プラシーボの意味だけど。俺は「媚薬」というアルバム作ったけどどちらも実際の鎮痛剤や風邪薬や胃薬なんかとも違う、ドラッグとも違うと思う。けど何らかの人に効力をもたらす薬には間違いない。媚薬は俺はアルバムに媚びて欲しいとかドラッグのようにまた聞きたくなるようなちょっと危険な人間の心の闇の部分を表現したいと思ってつけたタイトルだ。ちなみに偽薬の意味は。偽薬(ぎやく、プラセボ、プラシーボ、placebo)は、本物の薬のように見える外見をしているが、薬として効く成分は入っていない、偽物の薬の事である。成分としては、少量ではヒトに対してほとんど薬理的影響のないブドウ糖や乳糖が使われる事が多い。Placeboはラテン語で、「私は喜ばせる」の意。
「プラセボ (placebo) 」は、広義には「薬」以外にも、本物の治療のように見せて実質上の治療の機序が含まれないあらゆる治療手段を指すため、厳密にはより広い意味の言葉である。プラセボ手術 (placebo surgery) が行われることすらある。
偽薬は、偽薬効果を期待して処方される事もあるが、本物の薬の治療効果を実験的に明らかにするため、比較対照試験(対照実験)で利用される事が多い(その代表としては二重盲検法がある)。
偽薬を処方する事に対する倫理的な批判もあるため、現在の治験における比較対照試験では、通常、類似薬効薬が用いられる。

そう考えると「媚薬」も「偽薬」も音楽や楽器を演奏するとかと変わらないと俺は思った。ストレス解消したり、元気になったり。人は何らかのそれぞれの「媚薬」や「偽薬」をポケットに常に持ち歩いてるから元気になれるのかも知れない。ちなみにイギリスのグラムバンドで全員ゲイのプラシーボってバンドもいるよ、俺は確か一枚アルバムを持ってる。映画の「ベルベットゴールドマイン」この映画はデビットボウイをモチーフにしたとされてるけど、この映画にも出演してて、このバンドはT-REXの20thセンチュリー〜のカバーもやってる。俺的には映画は同じような内容の?のヘドウィグに比べると暗くて今イチだった記憶がある。

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音楽と言う名の「偽薬」。

プラシーボ公式 HP : http://www.emimusic.jp/international/artists/placebo/
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2008年06月20日

今月のアルバム 08,,,jun

本格的な梅雨の気候になって来た。この時期の雨は五月雨という、じとじと長く降る雨の事を言うらしいけど、近年地球温暖化の影響で九州はスコールに近い雨の降り方に変わって来てるらしい。そう言えばここ二三年で俺もそんな事を考えた事がある。インドネシアはバリに行った時に初めて本物のスコールを体験したけど、ゴロゴロ鳴り始めて10分くらいで空は真っ青から灰色に変わりバケツをひっくり返したような雨が降る、それは数十分続き道は洪水のようになり、また青空が何事も無かったように戻って来る。今年は特に天気予報が当たらない気がする、所詮予報なのでそれに頼ってる事が宝くじ当たらないかなと思う事と同じなんだけど、チャリ族にとってはむかつく!

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KINGS / RED WARRIORS

このアルバムには語っても語りきれないくらいのいろんな思い出や思いや感謝や言葉に出来ない事がある。

確か88年に発売された、このブログを覗いてるみんなには分かってると思うけど、今でもギターリストとしてまた俺の兄貴のとしての契りも結んだSHAKEさん率いる80年代を席巻したバンドのサードアルバムだ。いろんな思い出があるし全部の曲について解説もしたいくらいだけど、、、。

この頃俺は家出をして六本松の九大の裏の安アパートで暮らしてた、そのアパートの名前

が何と「八億荘」二階建てのボロアパートだったけど。RED WARRIORSはもう日本では武道館で¥1000ライブやったり夜ヒットでたり話題のバンドだった、その三枚目のアルバムがKINGSで当時天神のBEST電機でアルバムを予約すればトークライブを観れると言う企画があり、俺はCDを予約した。その当時マルコポーロというイベントスペースがありそこへ行った。来てたのはギターのSHAKEさんとベースのKIYOSHI。会場は女だらけで俺は場違いだったけど、そんな話を後に本人にするとは夢にも思ってなかったけど。

語り尽くせないほどの俺にポイントになってるアルバムだ。このアルバムの中の曲を弾いてYAMAHAのオーディション受かったり、もう音楽止めようと思ってた時に当時の彼女がRED WARRIORSの解散ライブのビデオをプレゼントしてくれて今があったり、96年にSHAKEさん本人に出会えたり、その年にあった武道館での再結成ライブを観に行って俺がオーディションを受けた曲をわざわざやってくれたりと、まだまだ語り尽くせないアルバムだ。

去年俺は当時のCDしか持ってなかったけど心ある知人からレコードをプレゼントしてもらったり、リマスターのBOX SETをプレゼントしてもらった。有り難いし、今でも俺のギターを弾く事や表現する事のBASEにはこのアルバムやギターリストの木暮"SHAKE"武彦さんの影響は必ずある。

いろんな大切な出会いはあると思う!

BEST盤だけど試聴はこちら http://www.towerrecords.co.jp/sitemap/CSfCardMain.jsp?GOODS_NO=618250&GOODS_SORT_CD=101
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2008年06月17日

タナトス

「死の本能」と訳されるこの語はフロイトのなかでも多義的である。普通、殺したいという本能であると考える。そういう意味もある。しかし、人が同じ様なことを反復するのも実は「死の本能」と彼は呼ぶのである。
 私は極端ではないが高所は怖い。あの怖さは何か。死の本能である。私の中にもう一人の私を殺そうとする本能がある。それが私の中で私を殺そうとして駆動する。だから、もう一人の私が後ずさるのだ。
 フロイトの名ぜりふだが、「トーテムとタブー」のなかでこう彼はいう。
「キリスト教は愛だ、愛だという。しかし、そうでもいわなければもたないくらい人間はお互いを憎んでいるのだ」
だから「愛してる」というときには注意すべきだ。愛が危ないとき、われわれは愛していると相手にいってほしいと思うのだ。実は、そのくらい、相手の死の本能を私たちは無意識のうちに感じ取っているのだ。
 フロイトはいう。われわれは普通「こういう理由で殺した」と。逆である。理由はあとで殺したいが先なのだ、そのための口実をわれわれは探している。
 なぜ、目上の人に挨拶するときほほえむのか?
「殺したいからさ」というのが、フロイトの言い分である。だから、君のまわりで「先輩こんにちは、調子よさそうですねえ」なんぞとおもいっきりよいしょしてきたら注意しよう。そうか、そんなにこいつは俺を殺したいのか、と。刃向かう気がないと体中で示さなければならないくらい、殺したいのだよ。


実はタナトスはフロイトが例えた人間の心理の形容詞でギリシャ神話の中に出て来る「死」の番人みたいな神だ、死の世界の番人はハデスが有名だけど。死への衝動とでも言うべきか、、、ギリシャ神話最初期から登場する神々の一員で、古いだけあってその人格や容姿等は不明(希薄)である。死と言う現象そのものを体現する神。

類似としてハデスがいるが、彼はあくまで冥界の王であり、死んだ生物の管理をするだけであって、死の保証をするのはタナトスの役割である。

母親はニュクス?(夜)、兄はヒュプノス?(眠り)とされているし、一説には女神レテ(忘却=三途の川)と兄弟であるとも。ちなみにヒュプノスとタナトスの兄弟(もしかしたら双子)のモチーフは、その後もヨーロッパ全土に広がり、ドイツでは眠りをもたらすザンドマンとその弟の死神として結実する。

何かと心理学の世界と神話と言うのは比較や類似した事の例えを提示して来る。ユングなんかは結局の所神話と言うのは人間の深層心理の世界で昔からあり古代の人間が作り出したもので色々変化して現代に伝わってると言ってる。もちろんジーザスよりも前の話だ。研究してると何かと患者さんの夢や妄想や幻覚の出来事が何かと神話の話に似ていると発表している。要するに人間の本人も気が付いてない深層心理の無意識の世界に共通してある世界なのかも知れない。仏教で言う所の「煩悩」を神話ではそれぞれの神の立場や悪行や天地創造を語っているのではないかと思う。

深層心理は自分でも分からない、凄惨な事件が起こると必ず小学生の頃の文集が紹介されたり、同級生や近所の人達が語る。TVを見ていて悲しくなる、そんな簡単な表面の人間性だけではその事件を起こした犯人の心は分からないと思う、当の本人も分かってないんじゃないかと思う。もっとTV局のお偉いさんは数字取りだけではなく勉強すべきだと思う、どれだけの子供たちにTVが影響を与えてるかの責任を考えるべきだ。

やばい今日はアカデミックになってしまった、でもこのブログからでも何かを発信してる責任を考えるとこの事は書いておきたかった。

みんな楽しい事ばかりではないよ!

けどそんな深い事いつも考えて生きてる訳じゃないけど、せっかくこの世に生まれて来て奇跡的にいろんな人に巡り会えてる事と屋根のある部屋で暮らせてる事を最低限幸せに思いたい、そうすれば今の狭い狭いコミュニティーにも幸せに思える。

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この季節を満喫してる草木と呼吸する山たち。
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人間から見た梅雨。
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2008年06月12日

around me! FILE NO.2

梅雨に入った。恵みの雨、夏の暑さを乗りきる為の貯金のような雨。自然は良く出来てるなぁ、砂漠や何キロも毎日水を汲みに行く場所もあるって考えると当たり前のように蛇口があって当たり前のようにコンビニでいろんな物を買えてストレスはあるにしろ毎日暮らしてる事に感謝しなければいけないと思う。人間は当たり前になってその世界の中で悩んだりするけど、もう少し想像力を働かせれば毎日食べれてるとかもう少し突っ込むと生きて行ってる事を地球レベルで想像出来れば、凄惨な事件も減ると思う。毎日狭いコミュニティーの中での繰り返しだけど、少し日常と違う事や場所へ行くといろんな自然や人に触れてまたそれが自分に帰って来て自分が分かったりする。

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遠山卓也 出身地:熊本県水俣市 年齢:29才 職業:ミュージシャン


このブログをごらんのみんなには御存知、福岡出身のアコースティックデュオで全国区の二人組ケイタクの卓也だ。彼とはもう10年の付き合いになる。俺がMI JAPAN福岡校のインストラクターをやってた時に大学を一年で中退してMIに来たのが十年前で、彼はバリバリのハードロックを弾く生徒だった。入学した時から上手かったし凄く真面目に何かを吸収しようと通ってた。その学校で自分の好きな先生を選んで良い授業の枠があり、いつも俺の枠を選んでくれてた。ギターも上手く弾けたし、ある日「何しようか?」ってなった時に、アコースティックギターがあり「こんなのもあるよ」って俺はポケットからサムピック(親指にはめるピック)を取り出し中川イサトさんの「OPUS1310」を弾いた、それには何も計算は無く彼のギターの幅を広げるのには良いかなとその時のひらめきだけだったと思うけど、憶えてない。それに感銘を受けた卓也はポータブルMDにマイクを取り付けて「ゆっくりイントロ弾いて下さい」と言っては毎日録音してミミでコピーして来た。それからもう少し難しいラグタイムギターの「水溜り」と言う曲も同じ要領でコピーして来た。俺は嬉しかった、ハードロック少年に新しいギターの世界観が芽生えたと思った。

それから卓也は水を得た魚のようにアコーステックギターへ傾倒して行く、在学中にはMI JAPAN主催のギターコンテストでアコギのインストで賞を取るまでになった。勿論才能あっての事だけど、卒業のときにはオリジナル曲も何曲も出来てて、卒業式の日にはMDにオリジナル曲数曲ともちろん「OPUS1310」「水溜り」も録音してあった。そのMDにメッセージが、、、「あのとき先生が水溜りを教えてくれなかったら今の僕は無いと思います、本当に有り難うございました」と書いてあったのには涙が出たしこの仕事をしてて良かったと思った。

卒業後もバイトしながらいろんなバンドやってたし相談も受けてた、DEMOが出来れば必ず聞いてくれと連絡があって、その度に食えてなかったので食料やビールを差し入れに持って卓也のワンルームに行ってた。その当時から卓也の印象は音楽に対して真面目で努力家で才能もあったけど発揮出来てない感じだった、俺もDEMOを聞いて感じるままの印象やダメだしも出してた。

それからケイタクになって俺は嬉しかった!これで本領発揮出来ると。ここからはトントン拍子だったけど、卓也は相変わらず俺にはDEMO聞いてくれとか、ライブを見に来てくれとか貪欲だ。メジャーデビューしてもそのスタンスは変わってない。5年くらい前にラジオ番組を当時やってたSTRINGS COMPANYでやってた、そのイベントでZEPP福岡でやった時にケイタクと一緒になった。俺たちはトリでその最後の曲で全バンド登場してもらって演奏する曲の時に俺はアコギを弾いてた、ズーッと同じコード回しで10分以上あったのでステージ上で卓也を呼んでバトンタッチした、その時の卓也の言葉が今だに忘

れられない。USUIさんに出会えて本当よかったです。自慢話じゃないよ。心から届いた言葉なんだ。俺も嬉しかった。

今だにつるんでる、相変わらずDEMOを持って来て俺の感想や意見を求めて来る。凄く嬉しいけど、自分も頑張らないとと勇気づけられる。最近うちの近所に引っ越して来た、歩いて10分もかからない、「遊んで下さい」と連絡がある。嬉しい限りだ、以前うちに何度か遊びに来た時にCOCKPITに痛く感銘を受けたらしく「音楽制作部屋」を今製作中だそうだ。完成した時は招待されてる。

昨夜は出会って10周年飲み!

もう十年もなるのかぁ?いろんな人に教えて来た、音楽とは?を決して技術だけではないけど、ほとんどの人はある程度出来るようになると離れて行く、それは良い事だと思うけど、俺から見るとまだまだとおもっても天狗になってしまう。それでメジャーでどーんと言った奴なんか一人もいない、行って欲しいんだけど。今だに卓也にとっては俺はMI
の時の先生なのも知れない、けど今は良きライバルだと思ってるけど無理なのかも知れないけど、良き同志でありたい。

ケイタク HP http://www.keitaku.com/index.htm

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都会の梅雨模様。
posted by usui special at 03:14| 福岡 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月10日

それぞれのマイウェイ、、、。

ブログの調子がおかしい。コメントが書き込めなかったりエラーが出たりと、多分おおもとのサーバーの問題と思うけど、迷惑かけて申し訳ない。ここ何日か新しい記事が表示されなかったりとか問題が発生してる、気を長くお付き合い下さいね。昨日から背中の右サイドが痛い、筋肉痛なのか骨に異常が起こってるのか、どちらにしろ筋トレのせいである事は間違いない。やわな痩せた体だ、、、。

昨日は週に二回は行く北九州の日だった。いつも新幹線では「喫煙車両」に乗る、たかが20分くらいだけどもう癖になってる、吸わない事も多いけど吸いたくなった時にいつでも吸えるようにその車両に乗るんだけど。「のぞみ」ならば3号車、「レールスター」は何号車だっけ?「こだま」は一号車。そんな「こだま」の一号車に乗ろうとしていたときにホームの俺の前には周りの事を何も気にして無い家族連れが5人ほど大きい荷物と小さい子供とお土産でホームの半分を封鎖してアリンコよりも遅い速度で歩いてた、発車のベルはなり始めて30秒はたってる、いつも買うオロナミンCは諦めて二号車から乗り込んだ、車両の中から一号車に行こうと思って、、、乗り込んだ、歩いて一号車へ。もうすぐ二号車の終わりを告げる無機質で丁寧な自動ドアに近づいたそのドアの横の座席で携帯で話す男、車内アナウンスでは「携帯はデッキで、、、」と耳がタコになるくらいアナウンスするけど俺も当たり前だと思う。けどそんな事関係ない人達も多い、俺の経験からするとあまり新幹線に乗り馴れてない旅行者が多い、ビジネスマンはかっこ良くデッキへ素早く早歩きで行く。「こいつ〜」と思ってそのでかい声で話す男をにらんだ。

見た事ある顔、、、それは高校生の時の同級生のAだった!俺の記憶ではAは東京にいるはず、懐かしい、思わず俺はTELしてるにも関わらず横に座り「久しぶり〜」するとAは電話の相手に「ちょっと友達にあったんでかけ直すね」と電話をきった。そしてAは言った「分かるもんなんだね」、、、。そうAは高校は違うけどバンドやっててギター弾きだったしライバルバンドでもあった。俺は「何しよ〜と?仕事?」俺は仕事でこっちに来てるつもりで聞いた、そんな質問には答えず「ゆう坊、全然変わってないね!」そう俺は高校生までの友達には「ゆう坊」って呼ばれてた。Aとは約10年以上ぶりでしかも共通の友達の葬式で会って以来だった、事を話して俺が「今どこにおると?」Aは「横浜。俺は5年くらい前に結婚して、、、ゆう坊は?」、、、何か様子がおかしいと思いだした、それはAがこんな事を言った頃から「ゆう坊は音楽でやっていってんの?」と東京弁で、「俺はうん」するとAは「そういえばHもデビューとかしたって聞いたけどHも音楽やってんの?」俺は「もうやってないよ、、、」といろいろ今までのHの事を話した、するとAは「へえ〜今だに音楽続けてんのゆう坊だけじゃん!」俺は「Aは今なんしよん?」あるコンピューターメーカーの子会社で働いてるって言って、俺は「どこにあると?今日はこの会社の出張?」Aは「小倉にも支店があるけど今日は実家に帰ってるとこだよ」「2、3年に一回くらいしか帰らないんだ」すると俺に「ゆう坊は犀川帰ってる?」俺は「、、、帰ってない。」、、、そこから間髪入れずにAからの質問攻めや何か居心地の悪い空気が流れた、、、Aとは高校は違ったけど大学は同じで、俺とHは途中でドロップアウトしたけどAはちゃんと卒業した。

そうこうしてるうちに新幹線はあっという間に小倉に到着。俺は少しお茶でもして話がしたかった、、、あの頃のように。Aとは結構仲もよく家に泊まり行った事もあったし大学時代は同じバイトもしてつるんでた、俺からAを見てもさほど変わってなく写った、、、何か不思議な空気が「こだま」の二つの自由席のシートを覆ってた。ずっとAが言ってた「ゆう坊だけが音楽で、、、」俺には分からない、Aも俺も今の時点で気が付いたらこうなっててたまたま俺はこれが仕事になってAは立派にサラリーやってるだけじゃないのかなぁ?

新幹線が小倉駅に近づいて来た。お互い連絡先は知らない、、、。社交辞令っぽいけど俺が「名刺とかもらえる、、、、」精一杯だった、、、そこには会社名と肩書きが、、、部長って書いてあったのに驚いて俺は「部長って凄いやんこの年で!」するとAは「うちの会社は若いから年齢的にもこうなるんだよ」みたいな事を言った、俺は「いやいや、課長とかの年やろ普通」彼は謙遜してたけど。俺はAらしいし凄いなと正直思ったから言ったけど。

小倉駅に到着してドアが開いた。ホームに出て間髪入れずにAは「じゃあ俺は電話してから帰るから!」と出口と反対方向へそそくさと歩き出した。「じゃあまた」と俺も別れた。、、、、何か悲しかった。お互いの携帯も聞かず、東京に住んでるHの連絡先も俺には聞かず、、、。

少年の頃は群れてた、すべての良い事も悪い事も輝いてた。その頃の約6年くらいは永遠として俺は残ってるしみんなそうだと思う、勿論Aにとってもそうだろうけど、月日は確実に過ぎてる。けどあの頃と何も変わってない俺が浮き彫りにまたなった、そりゃ同窓会も呼ばれなくもなるなぁ〜納得。俺がもっと有名なミュージシャンになってれば別なんだろうけどね。

もうあの頃は帰って来なかった、、、。

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ワウはエフェクツのなかの王様だと思う!使い方を間違えるとただの出しゃばりだけど、感情が一番出るよ!このワウもいろんな改造がされてて何が変わってるのか俺は分からないけど感情が伝わりやすいよ。

それぞれのマイウェイ、、、。
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2008年06月08日

Silver Star nights!

中々梅雨が来ない。明日も雨の予定が晴れのち曇り、でも今週は必ず「梅雨入り」すると思う。仕事によっては雨が凄く作用する業種もあると思う、俺は関係ないけど(移動は大変関係して来るけど)お客さん商売には痛いのでは、、、。足を運んでもらってお金に変わる商売なんかは痛いよね、「雨だから止めとこう」なんて事も多いと思う。けど雨だから売り上げが上がる所がある、それはデパートだそうだ!地下街やデパートは雨だから籠る、なるほどなと思う。

厄が明けていろんな事を決めて実行してる。人生で初めて自分に負荷もかけたり努力もしたり自己投資したりしてると今まで感じなかった感情が生まれて来るし視野が凄く広がる。今まではDOGDAY AFTERNOONと言うSOLOにこだわって色々考えてたけど、それもようやく卒業出来て新たなイメージが出て来た。それは俺とJUMBOでくりなす世界で名前を改め「DOGDAYS」というユニットでやってみようと思う。勿論SOLOと違い民主主義で色々決めないといけない、勿論今までの曲も何曲か残ると思うしSOLOの延長にはなると思うけど、ユニットと言う言葉にはまだトラウマがあって、、、。それを俺が乗り越えた次元でやらないといけない。でもJUMBOは若いけど信頼はしてるし音楽の表現したい事も近いので面白い事が出来そうだ。後はサポートメンバーを加えてのRECだったりLIVEだったりすると思うのでよろしく!いろんな今までとは違うイメージや曲のモチーフも出来上がって来たので二人で表現して行こうと思う。勿論バンドロゴとかも変わるよ、乞うご期待!

昨夜はSilver Starと言う西海岸系のブランドのイベントに招待されてたのでBEAT STATIONに行って来たよ。このブランドの日本の代理店を実はかみさんの弟がやってて、俺も夏に着てるT-シャツその他もろもろお世話になってる、スケーターやROCKなファションでアメリカンなTATOOのようなデザインでかっこいい。

SILVER01.jpg全部で4バンド出てたイベントだけど俺とJUMBOは仕事終わりでギリギリ最後のNYのハードコア、メタル?バンドには間に合った。久しぶりの爆音BANDと異種格闘技戦で面白かったよ。ロンゲにあごひげが特徴だったし、外国のバンドはやはりリズムが良い。にじみ出るBEATと言うか、決して頭でグルーブを作ってないなと言うドラマー!以前もイエッティという元イギリスのリバティーンズのベースが解散後作ったBANDを見た時も思ったけど、DRUMのノリが全然違う!何だろう?それは、、、。

SILVER02.jpgFROM NEW YORK!

THY WILL BE DONE HP http://www.myspace.com/thywillbedonemetal

SILVER03.jpgSILVER04.jpg爆音に少し面食らった俺とJUMBO!

DOGDAYSに乞うご期待を!

Silverstar HP http://www.buysilverstar.com/

Silverstar japan EMPTY GARAGE HP http://emptygarage420.jp/index.html
posted by usui special at 02:55| 福岡 | Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月06日

人に教えると言う事

そろそろ梅雨に入る。今週末には多分福岡は梅雨入りだろう、梅雨時期や雨の思い出も沢山あるけど体調壊してる人も多い、やはり生き物は湿気とかには弱いんだろうか?楽器は特に生の楽器、木を使ってるギターやピアノやバイオリンや太鼓などは確実になりが悪い、湿気は雑菌を発生させたり生ものも腐りやすくなる、けど山や森や林や雑草などの自然な物には実りの季節だ。水分と言うのは実は生命体には大事な物だけど、文明が作り出した物には弱いのかも知れない。以前バリに行ってウブドの宮殿でガムランを聞いた、バリは湿気も多く急にスコールが降ったりする。そう言った場所ではやはり動物の皮を使った太鼓とかではなく湿気の影響をうけにくい楽器が主流だった。

今日のタイトル何だっけ?「人に教えると言う事」とまた堅苦しいタイトルを書いてしまったなぁ、、、今俺はギターや音楽を教える仕事をしてる、決してアーティストではない!それを勘違いしてるインストラクターも多い。アーティストは自分の作品に共感してその作品がお金に換わって生活する事で、自分が歌ったりギターを弾いたりする事だけで生活してる事がアーティストだ。クラッシックの世界では演奏家という言葉にになるけど既成の曲をいかに素晴らしく演奏出来るかという世界だけど、アーティストは自由でセオリーもないし試験もない分人の心に響くか響かないかの二者択一しかない。

用もないのに大学の推薦で受かってしまった家出する前に家庭教師をした事がある。中学生の少年だ、一回一時間当時¥3000と悪くはなかったけど、その当時長渕剛の家族ゲームが流行ってた。俺も同じような髪型をしてた、ママチャリに乗ってその家に通ってた勉強そっちのけで「好きな子おらんの〜」とか「今日のおやつ何?」とかばかり話してると部屋のドアのすき間から小学生の弟が覗いててひと月で首になった、、、その弟が母親に密告したのだ!

初めてギターを教えたのは高校2年の文化祭を終えた時に一年生が教えてくれと言って来た、週に一度放課後に教えてた。彼はなぜかフライングVを毎週抱えてもって来て、、、それからすぐに生活指導の先生に呼ばれて二人呼び出された。「お前ギターを碓井に習ってるんか?」一年生はびびって「は、はい」先生はじゃー何か弾いてみろ!と言うと一年生はド、レ、ミ、、、と、、、俺と先生は半笑いで目で合図で心では笑ってた。良い思い出だ。
41N3EZE50GL._SS500_.jpg

つよしのアルバムで言えばこの時代の出来事だ。

先生と呼ばれる仕事も決して偉くないよ。

何かにたけてるだけそれだけの事だ。
posted by usui special at 03:12| 福岡 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月04日

曇り時々少し晴れ

太陽が顔を出さなくなった。明るいんだけど曇ってる晴れて無い、関東地方は20日早い梅雨入りが発表されたけど、ここ九州も今週末くらいには梅雨入りしそうだ。大体7月の海の日くらいまで梅雨は続く、雨は嫌いではないけど移動に困る。夜遅くまで仕事をしてる俺はタクシーを使わないと帰れなくなる。タクシーについて!以前先輩のミュージシャンの人と共通の知人の結婚式に出席して勿論演奏もした、博多の重鎮の先輩ばかりでこの日限りの再結成とかもあり盛り上がった。会場は百道浜だった、その二次会が大名であるのでその先輩とタクシーに乗り込んだ。その店の前に着いた時に先輩は「すみません1万円しか無いんですよ〜」すると運転手は「あ〜細かいの無いんですよ〜」すると先輩は切れ気味に「それ!おかしいやろぉ俺も商売やりようけどおつりぐらい常に気にして無いといけんやろ!」すると運転手が「あそこのコンビニで、、、」すかさず先輩は「何?これもおかしいと思いよったけど客に両替行かせるんやろ?」運転手は「はぁ〜私らは車離れられんもんで、、、」先輩は「売上金持って鍵かけて行ったらよかろうもん!」近くのコンビニに到着した、運転手は先輩の迫力に負けてハザードを点け「ちょっとお待ち下さいね」と売上金を片手に厳重に車の鍵をかけ両替に行った。行ってる間先輩は俺に商売とはを切々と語ってた。ここまでは良かったのだが、コンビニからその店までは100mほど、、、俺はここで降りても良いと思っていたのだが先輩が戻って来た運転手にトドメの一言「店の前まで行って!」運転手は完全に萎縮してしまい「勿論です。」とUターンしてメーターもおろして店の前まで車を走らせた。店に到着するとベロベロに酔っぱらった元ブランキーの浅井健一がいた、、、。このシチュエーションは賛否両論だと思うけど、俺も今まで何度と無く途中でタクシーを降りた事はある。ホークスの優勝が決まった夜に久しぶりに友達が福岡に来てて赤坂で飲んで中洲までタクシーをひろった、明治通の中洲にさしかかった時に出会い橋では那珂川へのダイビングで黒山の人だかりで大渋滞!俺は気を使って「ここら辺でいいです」すると運転手が一言「こっちがここら辺
じゃ困るんよねぇ」俺は切れて千円札を運転席へ投げつけ降りた。そんな事がよくあるけど、全部のタクシーがそんな事は無いし凄く良い運転手もいるけど、俺が言いたいのは人様からお金をもらって暮らして行くと言うのはサラリーマンでも自営業でもお店やってる

人でもお金を払ってくれるお客さんが居るから成り立ってると言う事を思ってないといけない。自営業の人は直接的だから分かりやすいけど、サラリーマンの人だって間にいろんな人や事が絡んでるけど誰かが払ったお金が自分の給料になってると思う。

今日は溢れるままに書いてしまったけど、、、


曇りのち時々晴れ01.jpg珍しい!雨雲の間に顔をのぞかしてる青空。

曇りのち時々晴れ02.jpg

久しぶり!俺は元気です、時々晴れだけど。
posted by usui special at 03:43| 福岡 ☁| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月02日

群青

6月になった、この月は何か重苦しいイメージがある。博多では5月には「どんたく」があり7月は「山笠」がある。その間に挟まれた6月は祝日も無く、梅雨にも突入する。チャリで移動する「チャリ族」は特に困る。けど亜熱帯地方もみたく雨期乾期よりはましだと思うし6月から山や草の色が変わり緑が濃くなる、春の新芽は薄い黄緑、それが青々して濃い緑に変わる季節、新社会人や新入生も環境に慣れて友達も増えて来る季節でもあるし、夏の匂いも雨が降った後に感じたりして少しワクワクする。

昨日の夜にベランダでタバコを燻らせてると必ずこの時期から南の空に2時くらいに一つ光り輝く星を見る事が出来る。俺は勝手にそれを南十字星の一部だと決め込んでる、南十字星ははくちょう座の中心部分だったと思うけど、やたら威張ってるこの星が好きだ。そんな星が見える時は決まって夜空は晴れてる星の明かりや月明かりで真っ黒な夜空ではない。曇ってる時は夜空も灰色の幕がかかってる気がするけど、もう何年も帰ってない実家の京都郡犀川町の夜空は今だに忘れられない、大人になっても田んぼの真ん中に寝そべっ

て満天の星空を見てた。そんな夜空の色は「群青」だ。子供の頃から群青色が好きだった、色鉛筆も群青色が入ってないと嫌だったし群青という響きが好きだった。青が群れるって素晴らしい色の名前だと思う、青い春や青い葉や、青い音でブルーノート、青の複数形でBLUES、まだまだ青いとか、けつが青いとか。そんな青が群れをなしてる色、ジーンズの色もそうだし、そう言えば今の俺の部屋着のエスニックパンツもこの色だよ。

群青.jpg群青の夜!


Mid チャリ Running!

久しぶりの日曜日の休み。天気予報によると今日は晴れで明日から雨模様、、、。それは走るしかない!と2、3日前から思ってた。梅雨前の最後のrunningになると思い走って来たよ。最近の俺のブログはどうも不健康らしく読んでる人にいろいろ心配されてメールやTELをもらう。何だろう?自分自身変化の時と言うか、もっと強靭な心や体に変化させようとしてるのかもしれない。体鍛えたり、ちょっとした自分の心の変化も状況も赤裸々に書いてるのでそう感じるのかも知れない。逆に書く事によって自分に言い聞かせてるような気もするし、100%問題ないよ!とはいかないけど、毎日楽しく暮らせてる。どんな事が起きても適正な対処が出来るようにあの頃のソルジャーにまた生まれ変わってる気がするよ。心配してくれて有り難う!

群青01.jpg群青02.jpg歩道とチャリ道が分かれてる珍しい歩道を通って行きつけの大手門のお店へ仕込み中にも関わらず顔を出す。

群青03.jpg群青04.jpgおなじみの百道浜。

群青05.jpg群青06.jpg今回のテーマは「GO! WEST」

群青07.jpg西と言えば福岡では海沿いの宝庫だ。

群青08.jpg目的地へ到着!一本行っとく?

小戸公園を今回は目指したよ。

群青09.jpg群青10.jpg座った目線のR SIDE とL SIDE。

群青11.jpg群青12.jpg座ってるバックのL SIDEとR SIDE。

群青13.jpg群青14.jpg公園の中にある由緒ある神社。

群青15.jpg群青16.jpg公園の中にある広場と向こうに見える汚水処理場とマリノアの観覧車と凄いシチュエーション。能古の島もこんなに近い。

群青17.jpg群青18.jpg今日のベストショット!太陽がこんな状態。と公園全体図。

群青19.jpg群青20.jpgプチ砂浜もあり、ここは昔は小戸ヨットハーバーって言ってて昔来た事あるけど暗い所だったけど今では休みになれば家族連れや犬の散歩にバーベキュウと賑わってソフトクリームの屋台なんかが何件も出て自然な感じの公園では残念ながらなかったなぁ。

群青21.jpg帰り道は旧唐津街道を通った、姪の浜にある「唐津バーガー」出張所!以前車で食べに来た事はある。

群青22.jpg帰り道最後の休憩場所「大濠公園」で一服。

今日は海の色と俺の心も群青だった。
posted by usui special at 02:28| 福岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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