2012年01月26日

better than 1966'

今年も猛烈な早さで毎日毎日過ぎ去っていってる。もう2月が迫ってるけど、確定申告の準備もしないといけない。税理士さんにお願いするほど複雑な収入源はないし毎年同じような収入と支出なので自分でやってる。自営業になった時は何も分からず税理事務所に勤務してた当時の生徒さんに2、3年は教えてもらって申告してた。「報酬」としてお金をもらってるんだけど、これははじめから10%税金を引かれてるので、その「報酬」を得る為にこれだけ「経費」がかかってますよと言う事で「経費」分を取り戻すのが俺の確定申告だ。ギターや弦、機材やCDにソフト音源にオーディオインターフェイスも仕事に繋がるもんであれば全部経費として計上する。ステージで着る衣装でさえ経費になるし生徒さんとの飲み会も経費!要するにUSUI SPECIAL コーポレーションの仕事に繋がる延長線上のお金は経費として計上する。どうでもいい話だね。

今日のタイトルは作曲の最後の10曲目のタイトルだよ。遂に最後の曲、長かったし去年の春の震災直後にいただいた仕事。忘れもしない、クライアントの人から明日には東京へ戻るので今夜会いたいと言われ夜の仕事をキャンセルして川端の韓国料理屋に行き打ち合わせをした。値段交渉は納得いかなかったけど、俺は音楽で商売はしきれないなぁ、、、。けど受諾してからは金額ではなく俺の世界観を値段以上のものにしたかった、この金額で申し訳ないって言わせるくらいの作品を作ろう!って心に命じた。この金額だからって手は抜かない!どうだ!って気持ちで臨もう!って誓ったあの夜を思い出す。きっとそれは自分に還って来るんだって思えたし挑戦でもあった、やれるかな?いややれる?出来る!そんな2011年はまさに自分のライフワークの原点が出来た気がする。作曲って所詮自分のSEXやマスターベーション見せるようなもんだと思ってる。俺こんな世界観でこんな事に執着してて、こんな事にカッコいいと思ってますみたいな。それが若い子から熟年層まで納得出来るものは無理だと思うけど、ROCKや音楽に精通してるクライアントの性癖までは分からないけど、それを納得させないといけないって考えると自分が貪欲に生活してないと曲にしても薄っぺらくなってしまうと思った。まさにSEXと同じだと思う、自分のSEXは大丈夫なのか?相手を満足させてしかもファンタジーの世界に連れて行ってやれてるのか?しかも同性だし、、、。音を作ると言うのは超メジャーなアーティストと同じ軸で聞かれてしまう。ミュージックプレイヤーでは容赦なく飛ばされてしまうと思う、けど「SETSUNA」って9曲目は「最高!」って賛辞され涙が出た、これって分かるだろうか?一曲目じゃなくて9曲目と言うのがまた俺は嬉しかったけど、同時に自分の作る曲に対して分からない部分も沢山でてきた。それは作る側が意図してる事と受け取る側の違いである。けど現代社会において表現をしたものはたたかれる、表現してないけど個人情報保護と言う傘に隠れて批判する寂しい人たちのネット社会だ。でも俺が生まれた年でも出来ちゃった婚はあった訳だし、いまだにMARCOシリーズを見てくれてた人に言われる「お母さんからは連絡はあるんですか?」答えは「何もないです」だ。それが現実だけど俺が生まれた時よりは良い状況だろう、俺自身。


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珍しくここ福岡でも雪化粧。


better than 1966' も哀しい曲になりそうだ。
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2012年01月23日

Brand new future.

今週から寒さが増すみたいだ。珍しく雪マークも天気予報に登場してる、今週は夜遅くまでの仕事が多いので防寒してのぞもう。正月前から続いてた木枯らしの真っただ中の俺の心はようやく木枯らしを抜けそうだ、そしてそこに待ちわびてる極寒の冬真っただ中、でも木枯らしよりは沢山着込めば乗り越えられそうなので、あまり好きではないけど春をまとう。そして何事もなかったように俺はギターを弾き、曲を作り、自分のこの世に与えられた苦行を耐え抜いて、また自分の中に嫌でも何億何兆といるデビルと上手い事付き合いこれ以上そのデビルの被害者を出さないように生きていく!そのデビルは中々手強く自分では普通に暮らしてる事でも気が付かない所でデビルが人を傷つける、この対処法は何とかみつけた。そして俺が死んだらデビルも死ぬ、もう後世にはこのデビルは残しちゃ行けない。もっと若いうちにこのデビルの存在に気が付いとけば、もう少しは救えたかもしれない。その事だけは後悔してもしつくせない、ただただ申し訳なく思う。


ロクデナシはどう転んでもロクデナシだ。



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もう2年前になるのかな、直木賞作品。この人の小説は文庫本は全て読んでて、別にファンタジーとかサスペンスとか事件が起こる訳ではないけど何故か好きな世界観でべたべたな恋愛小説でもなく、けど作品に出て来る女性はみな美人でヒューマンなストーリーが好きである。文庫化を待ちきれずに買ってしまった。

今年はデビル退治の為に退行療法でもいこうかな。
posted by usui special at 01:31| 福岡 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月20日

木枯らしの吹く方に向かい凛と歩く。

やっと今月仕上げないといけない2曲のめどがついた。去年の10月くらいから続いてる仕事だけど、いくら頑張っても1曲に一週間かかる。リズム組んで演奏してRECしてMIXしてマスタリングしてみんなが聞いてるようなステレオの2MIXにして、最終的に圧縮してないWAV FILEまでして完成である。先週と今週が山場だったのでブログの更新が出来てない、次の納品は2月の末なのでその間に別の映像のバックの作業が後一曲残ってるので2月までには完パケさせよう、約一年かかってしまったけど確実に進歩してるような気がする。頭の中のファンタジーはもっと広がって遠くへ飛べそうな気がする、そして今度は納期がない自分の自由な2012年の自分の表現をしよう!イマジネーショントリップは第一幕は終わった気がする、エレクトロニカ、ダブステップ、ROCK、PUNK、POP、FOLK、なんか今はそんなのを超越した自分の感覚がある。心行くまま作りたい、唄ものも作るつもりだ。今はJ-POPの売れてる曲を聞いてる、何でも気になったものは聞いてる。KARAにファンモンにSMAPに斉藤和義に西野カナに何でも気になった曲を聞いてると売れてる理由がいろいろ分かる、きっと自分のファンタジーの第二幕の為に心があるような気がする。そして今年も、いや今でもかな、今でもずっとかな、いやあの頃からずっと音楽やギターや曲を作る事にまだまだゾッコンな自分が嬉しくなるし、どんどん進化してる自分と曲を通じて出会える事に、そんな素晴らしきロクデナシの音楽人生に感謝だ!

世の中は年々よりスピードを増してると思う。もはやこんなブログでコミュニケーションする時代は終わったってテレビで誰かが言ってた。確かに覗いてくれてんだろうけどコメントも書かれないし、でも俺はそんな事を期待してブログを綴ってる訳ではないし芸能人でもないのでアクセス数も気にならない。このブログのサブタイトルにもなってるように「あの頃から俺はずっとここにいるよ!」情報はTWITTERやFACEBOOKに比べれば全然遅いけど、俺にはこれくらいの方がちょうどいい。そんな急いだ情報はいらない、いつも誰かと繋がってたいとも思わない。つぶやくよりもちゃんとつづりたいと思う、それは曲作りに似てるかもしれない、ギターをチューニングして弾く事に似てるのかもしれない、真空管暖めてシールド引きずり回してこだわりの音作りしてわざわざ弾くのに似てるのかもしれない。けど自分が気になった事は徹底的に気にしてPCを使って情報は得る、興味ないことは見ない。今はこんな時代でみんなこんな事やってるからとかで暮らしてたら表現なんて出来ないような気がする。言いたい事があるから作るって去年までは言ってたけど今年からはそのコアな部分が変わった気がする、今年からは伝えたい事があるから作るって心境が変化した。


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博多の正月はやはりこれ、寒ブリ!バリ上手かった。


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年末年始は天気が悪かった、17日に今年初めての快晴です!ってテレビで言ってた。


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小倉駅のすぐ横にある昭和。セットじゃないよ。


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どんな木枯らしに吹かれようが背中を丸めず俺は凛と歩く!


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これ欲しい!自分へのご褒美するかぁ?



これくらいのスピードがちょうどいい。


posted by usui special at 02:50| 福岡 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月14日

Highest!

作曲依頼の10曲中の9曲目のプレゼンが今日無事終わった。今回はこちら側の諸事情で三ヶ月も待ってもらった、大変恐縮しながらも優先順位をつけてこの秋から仕事をこなして来た、またPCのトラブルとかもあって悪いなとは思いながらも頭の片隅にはいつも「SETSUNA」と言う曲のイメージはあった。去年の3月からのずーっと引き続きの曲作り、演奏、REC、マスタリングのやく10ヶ月は夏のスランプもあった、俺のファンタジーの泉は大丈夫なのか?センスやクオリティーは通用するのか?プロデューサーもディレクターもアドバイスくれる人もいない孤独な世界と作業、去年一年は目や頭にいれるもの全てその事中心に暮らした気がする。逃げも隠れも出来ない自分との真っ向勝負だった、8曲目までは全部じゃないけど再販されたアルバム「媚薬」のボーナスCDRにばらしてBEAT side と melancholic sideに収録した。だからこの9曲目ともう一曲残ってる10曲目は世にお披露目はないかもしれない。

この年末から正月にかけていろんな事考えた。今後の自分や音楽産業についてや、そして考え方が大きく変わった事が沢山見つかり「SETSUNA」は10月くらいからイメージはあったし、実のところ次のアルバムタイトルは「媚薬」に続き漢字シリーズで「刹那」にしようと思ってた。そしてこの一年で作った曲たちの何曲かと新たに仕事ではなく自由に作った曲と併せて「刹那」を作ろうかと思ったけど、次のアルバムは仕事の延長の曲ではなく自由な自分の曲たちだけで作ろうって決めてボーナスCDRに入れた。話は戻るけど今日その何かの因縁なのか次のアルバムのタイトルにしようと思ってた「SETSUNA」のプレゼンをした、いつものようにFILEをメールに添付して送った、三ヶ月ぶりだし申し訳なさと今までの一発OK!伝説は更新されるんだろうか?まえの記事でも書いたけど挑戦はしてない、ただ哀しさだけを表現した。そして返事がすぐに来た、目を疑うようなメールのタイトルだった。

これ 最高です !


今回の曲たちの中でピカいちだと書いてあった、そして嬉しい言葉を沢山書いてくれてた。いつも自分がイメージしてる曲よりもの凄く良い高度なものを作ってくれると言ってくれた。何だかそのメールを見てると涙があふれて来た、子供の頃から褒められた事がない俺。孤独な作業、自分との戦い、共用してくれる人もいない。そんないろんな感情が一気に胸の砂地にしみだして、沢山の褒め言葉がしみこんでいった。またそのクライアントの人は俺よりもROCKに詳しいし、いろんな音楽をこだわって聞いてる人なので、そんな人に最高だ!って言われたのは凄く嬉しいし感慨深い気持ちになった。まだ一曲残ってるけど、この10ヶ月は無駄じゃなく自分でも分からない所で成長出来てるんじゃないか?って少し思えたよ。けど俺にとっては最高ではなくまだまだなとこも沢山ある曲なんだけど、伝わり方はわからない。


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今回の10曲はこんな素敵な素晴らしい作品たちの映像のバックで流れる。


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このFIREBIRDのギターとの相性は無敵である!
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2012年01月12日

羊のお面

年末から天気は最悪だけど、俺の心の奥底も久しぶりに最悪だ。最近の空のように鉛色で青空は一瞬しか顔を出してくれない、そんな時に俺は徹底的に自分に向き合う。答えを導き出して分析して結局毎回同じ答えにたどり着いてまた落ち込む、また、今のメインストリームの音楽シーンも徹底的に今年は休みの間に考えてみた、そして答えが見つかりまた落ち込む。気が付けば、あの文化祭の中庭の衝動を忘れて大人目線でギターを弾いてる事に気が付いた。大人になるといろんな手段や方法を覚え、嘘も方便になり見えない鎧をまとい真っ当な言葉が先に立ち、複雑なアレンジや大人びた言葉やスカし方やコード進行でやっつけてしまう。そんなんじゃ全然だめだ。年末からPUNKを聞き出した自分の答えが見つかった、音楽に限らず暮らし方や人との接し方、商売の仕方、全然だめだ。

また俺の生い立ちに行き着くんだけど、俺は子供の幼い頃から親の目ばかり気にして生きて来た。俺はいつも「つまらん」子で朝起きて最初によく言われてたのが「今日も馬鹿みたいな目になっちょる」だった、要するに目から生気がないと言う意味だ。わがままは言った事はない、甘えさせてもくれなかったから病気になっても叱られてた。出された晩飯に文句言った事もない、欲しかったおもちゃも欲しいって言えなかった。全部自分の中でリセットして来た。毎日苦言を呈されても一晩寝れば忘れられる装置も脳みその中に備わった、「ミュージックライフ」を読んで世界旅行が出来れば毎日はやり過ごせた。手放しの愛情って何?当たり前の思いやりって何?心の奥底は隠して来たような気がする。しかもたちの悪い事に自分では気が付かないうちにそれが当たり前のようだ。

人と人と言うのは鏡だと思う。相手あっての自分の振る舞いと言うか、相手に写ってる自分で自分を確認する。そんないろんな装置が備わった俺と接してる人たちは深くなればなるほど、口数も減りクールになり自分の鏡に羊のお面をかぶった狼ではなく悪魔のように冷たい俺の姿に自然と気が付くような気がする。けどそんな俺にはもはや泣き言さえも言うことを許されない鏡の中の悪魔が相手に自然に写ってるって分かった。どうする事も出来ない宿命だけど、もうどうする事も出来ない。自分でコントロール出来ないけど、一言で言えばクールな俺の存在は一体なんなんだろう?実は誰一人ハッピーにさせる事は出来ないのかもしれない。この血液に何億何兆と流れる悪魔のDNAは俺の気が付かないところで相手に不快感を与えてる。悲しいけどコントロールも出来ないけどこれが現実だ。それが俺が課せられたこの世の苦行だろう、すべて俺が原因であることも大人になるにつれて年々分かる。つらい、建前ならいくらでも出来る。けど丸裸の俺はこれからも羊のお面をかぶった悪魔がいることを俺自身上手く付き合っていくしかないって思う。FADE AWAYしてもしょうがないんだな、俺がFADE AWAYしたんだから。


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これが羊のお面だ、とくとごらんあれ。



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2012年01月10日

SETSUNA

ちょっとと言うかずっとと言うか、約三ヶ月も間があいてしまってた9曲目の創作がやっと八割出来た。前回のプレゼンが10月だった、この時期に急がないといけないRECや「媚薬」再販とかと重なってしまい、その時期にまた新たな毎月二曲は仕上げないといけないRECが舞込んで嬉しい悲鳴だけど、優先順位をつけてきちんと仕事を整理して毎晩朝までここCOCKPITで秋から年を越した今まで頭や操縦桿を握り過ごしてる。この9曲目は世界観もタイトルも10月段階で頭では出来ていて少しRECしてたのが良かった。クライアントの人には申し訳なく思ってるけど、文句一つ言わずに待っていてくれてる。そのタイトルが「SETSUNA」約6分くらいの曲になった、とにかく悲しい曲になった。怪しいとかじゃなくただ悲しい曲に当初からしたかった。刹那とはみんな切ないと勘違いしてるけど意味は、仏語。時間の最小単位。1回指を弾く間に60あるいは65の刹那があるとされる。刹那主義と言う言葉があるが意味は、過去や将来のことを考えないで、ただ現在の瞬間を充実させて生きればよいとする考え方。また、一時的な快楽を求めようとする考え方。まさにロクデナシの俺にはぴったりだと思うけど、けど裏を返せば俺の生い立ちみたいに悲しみに溢れてるような気がする。俺の身内や俺を生んでくれた人や俺に流れてるDNAはまさしく「SETSUNA」だと思う、だからか?悲しい曲になった。ちなみに刹那の反対語は劫(こう)である、輪廻転生とかもこちら側かな、長い時間軸とでも簡単に言うべきか。

この曲は何も挑戦してない。まさに家出から始まった俺の刹那主義の気の向くままの思いで、指の動きで作ろうって決めてたからアコギは二本とスライドギターとアドリブ、なぜかチェロやエレピや壮大なストリングスも入ってる、ベースは親指で弾いてる。静かに悲しく、ある時は嗚咽のようなアドリブは入れたかった。自分のアドリブをRECすると何故か自分の今の心の状態が分かったりするので、あまり作りこんでもない。頭のどこかにあるどこか懐かしい風景や今の心の状態を真空パックしてる、それくらい日々俺の刹那も変化してるけど、その刹那のお陰でずっと変わらない劫(こう)が出来あがるから不思議だ。何とかこの1、2月でこの仕事は完パケさせたい、そして魂を一度開放して自由に浮遊させて、新たな刹那を生きて次のアルバムに取りかかろうって決めた。行きたいとこも沢山ある、読みたい本も沢山ある、知りたい事も沢山ある、新しい出会いも沢山したい。


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こんな編成、何でこうなったかはわからない。


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俺の刹那はここから始まった。



ただ悲しい歌詞のないこの曲が俺の「SETSUNA」だ。
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2012年01月06日

2012 最初の戯言。

新年のご挨拶の年賀状やたくさんのメールどうもありがとう!新年早々PUNKを聞きながらブログを更新してる。何で年末からPUNKなんだろう?何が正しくて何が礼儀よくて何がこのまやかしの世の中に順応してるんだろう?って考える。ファンタジーの世界旅行ばかりして、そんな操縦桿の操作は年々うまくなってるけど、浮き世の過ごし方には年々うんざり来る。目の前の現実と心の奥底の魂がお見合いしてる毎日だ、ファンタジーの世界は必ず落としてくれる、考えさせられる。けど鳥獣戯画の宴のような現実は落としてくれず結末もあやふやなまま事が流れてる、事にもう少々うんざりして来た。知らない事の幸せ、気が付かない事の幸せと言うのをずっと感じる。方程式が解ける人と解けない人どちらが幸せなんだろう?ちなみに俺は方程式は苦手だった、そんなものに全て当てはめたくはないって今も思ってる。OK COMPUTERってアルバムが発売されてもう何年経つんだろう?って考える俺も古いのかもしれない。A CASE OF YOUって曲が作られた時は世の中はどんなだったんだろう?SOMETHINGって曲の意味は、今のSOMETHINGとはほど遠いと思う。お金に出来ない商売は失敗だろう、それはその通りだろう。でもお金に換えるだけの商売はどうだろう?それはそれで正解かもしれないしエンターテインメントではそこでしか評価されない、それ以外は負け犬の遠吠えって言葉が昔からあるんだからそうだろう。流されてる事も大切かもしれないけど、みんな流されるしかないけどその主流じゃないとこで小さなわき水や小川になって頑張ってる、その小川なりのポリシーを持って渓流釣りの穴場スポットとして登場してるかもしれない。何で小川になってるのなんてもう誰にも分からないと思う、何で渓流釣りの穴場になって有名になったかももう誰も分からない。けどその小川には沢山の美しい山女が何故か集まってる、だから渓流釣りにみんなやってくる。それは水が美しくて形もいい、山女は住みやすいしやすやすと泳げ居心地も良い、そこに渓流釣りのプロや雑誌を見た人たちがやって来て「あ〜美しい」って山女を釣っていく、けどその小川や渓流はそんな事とは関係なく毎日流れていく。そして何十年、何百年とかけて形を変えながら少しずつ形を変えながら、その美しさを増していきそれに俺たち人間は翻弄されその時の美しさしか見る事は出来ない。するとそこに何十年、何百年かけてこけが生えたりするけどそれは見た俺たちはこけ生えてるって思うしかない、そう俺たちは80年くらいの命を生き急いでるから、その凝縮された短い命は所詮ダイジェストでしかないんじゃないか?て思うと最高に自分の最高のダイジェストを作らないと駄目なんじゃないかって思う。そんな2012 最初の戯言でした。

去年の12月にあった約7年ぶりの「STRINGS COMPANY」のライブの写真をどうぞ!プロっぽい女性のカメラマンがいたのは気が付いてたけど、、、。ON BASS !

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7年ぶり「STRINGS COMPANY」俺はBASS。


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Mr.MATSUNAGA.


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Mr おれ。


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EX.BIG NOSE RYO


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7年ぶり!STRINGS COMPANY


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LIVE HEART 2011 12'



新年早々、なだそうそう。




posted by usui special at 04:14| 福岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月04日

Welcome to DRAGON year !



今年も愛ある素晴らしい年になりますよう!




本来ならこの手の挨拶はおめでとうだろうけど、秋口から年末ギリギリまで知り合いの身内の不幸事が続いたので、こんなにもかって驚いたくらいに、だからおめでとうって言葉は使わないと決めた。しかし何はともあれ今年もこのロクデナシにお付き合いください、何が起こるか俺自身も楽しみである。お正月を迎えたとたんに寒くなりしかも天気が悪い、抜けるような青空をここ博多では見てない気がする。

この正月休みはゆっくり出来たぁ。買い込んで読み損じてた本や雑誌を読んだり映画もいっぱい見た、勿論夜はCOCKPITの操縦桿を握りファンタジーの世界へ旅に出てるよ。そんなCOCKPITで久しぶりに「長渕剛」をずっと聞いてた、最近の曲は知らないけど、なんかいろんな事思い出して涙があふれて来た。その状態に自分でもびっくりしたけど、曲を聴いて涙が溢れるって凄いなって思う。その曲の届き方とかその人それぞれの時間軸にくっついてて一気にその頃の感覚に戻る。

毎年このお正月は何かと里帰りとかDNAが顔をあわせ新年の挨拶をするんだけど、俺にはない、と言う事を否応無しに感じる訳でなんかちょっとセンチになってる俺が毎年いるような気がする、そんなセンチが「長渕剛」に行ったんだろうなぁ、、、ひとり夜中に人知れずCOCKPITで涙を流した。まぁ年とって涙腺が緩んで来てるのは間違いない。



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今年もどんな物語が出来るか、綴っていくよ!
posted by usui special at 01:53| 福岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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