まだ少し悩んでるけど「刹那」というアルバムをプレスしてリリースしようか?近しい応援してくれてる人たちは「是非出して下さい」って言われる。何を悩んでるの?俺にも深くは分からないけど、CDが売れない時代だけど、俺の人生の爪痕、足跡、痕跡、昔シーナ&ロケッツのシーナさんに直接言われた言葉が頭をフラッシュバックする。「ROCKはやったもん勝ちよ!」それを言われたのは確か90年代半ばの事だったと思う。心のどこかでは答えは出てる気がするしその準備も始めてるけど何かもやっとしたものがある。そのもやっとしたものが何であるかってのも分かってる。それは俺が今のコミュニケーションの取り方、人たちの音楽というものの接し方に疑問であったりついて行ってない事である。以前の「媚薬」を出した時にも少し感じてたもやっとした気持ち、リリースする側と買ってくれる側の温度差と言うか、、、。ディストリビュートのないインディーズは近しい応援してくれてる人たちやライブで近しい人たちに手売りをするしかなく、たまたま「媚薬」はお世話になってるプラグインさんで全国ネット販売して頂いてるけど、結局近しい人たちが買ってくれてる。以前「媚薬」の時当時通ってたBARのオーナーが10枚買ってくれた、そのBARカウンターの隅にフライヤーを立ててくれてCDを10枚置いてくれてたけど、そのBARは「媚薬」に興味を持つような客層の店ではない事も分かってた、ひと月経っても一枚も売れてなくて、代金は10枚分頂いてた。一緒にそのBARに行ってた知り合いに「お金を渡すので10枚買い取って来てくれないか」って頼んだ、俺の大事な子供達がかわいそうに見えた、付き合い何かでって気持ちで哀しくなった。結局その友達は仲間を連れて行きいかにも仲間が買ったようにしてくれ、結局代金も俺から受け取ってもらえなかった。それもありがたい気持ちの反面複雑だった。その時のBARのオーナーの一言が「助かります。」
こんな戯言書いても所詮俺はそれくらいの福岡のアーティストであるしそれが現実でもある。けどそんな事に腐ってる訳ではないけど、そんな人の気持ちの裏腹や付き合いからものを創る人間はかけ離れた世界で表現してる気がする。LED ZEPPELINのギタリストのペイジは新譜を出すにあたってマスコミからヤンヤ言われるのが嫌でアルバムのジャケットにバンド名もアルバム名も乗せずに商業主義を無視して出したアルバムがWだ。天国への階段やBLACK DOGでお馴染みの、これも皮肉な話だし結果凄くカッコいいと思う。そんな世界的なギタリストを引き合いに出すのもおこがましいけど、精神はそうありたいって今でも思う。
人同士は鏡だって以前書いたけど、俺の生い立ち一つとても哀れだって思う人も居れば、またその生い立ちを理由にしてってなじられる事もある。手放しの愛情が分からない俺にとってはもうどうする事も出来ず、気が付かない所で人も傷つけてるし、そんな生い立ちは俺にとってはもうどうでも良い事だけど、本当に分からない事や気が付かない人の思いやりも沢山ある。不安からか、思った事感じた事を直球で相手に伝える事はもう変わらないだろうな、けど人同士は鏡なので、そんな俺をズカズカ入って来る人って思う人もいる、中々心を見せない人もいる。そんな携帯やPCもない時代の昭和のままの俺は多分価値観も変わらないだろうけど、いつの間にか古いタイプの人間になってしまった。けどセンス磨いて魅力的な男、人間、表現者になりたい。決してここ博多みたいに上からじゃなくて若い世代に伝えたい事が沢山ある、鏡はいつも磨いてる!どう写ってるかは分からないけどね。そのBARのオーナーとのような失敗は繰り返さないよ。
必ず食べたくなる麺がのびた博多のうどん。
いつもお世話になってる大手門の「平」さん。いつもありがとうございます!なじみのお店博多で一番です。
春だからちゃんと彼女みつけて飛んでってほしい。
この春の「水面みなも」美しい言葉である。
でた!今年初の足長おじさん。
野良犬の嗅覚を信じて生きていく、それしか俺には分からないよ。